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コラム

 

小さな刑事事件物語(否認事件)

2009年07月09日
弁護士  太田 賢二   プロフィール

 当番弁護士制度というのをご存知だろうか。警察に捕まった人(被疑者という)が、「弁護士を呼んでくれ。」と頼むと、その要請に応じて、弁護士が 面会(接見)に行き、必要があれば、そのまま弁護人として、被疑者のための活動をする、という制度だ。2009年5月からは、この被疑者に対する国選弁護 人制度が広く拡張されたが、以前は裁判が始まる前(起訴される前)には、国選弁護人は採用されなかった。そのため弁護士会が、被疑者の権利擁護を実現する ために、いわば弁護士会と弁護士が自腹を切って、この当番弁護士制度を作り、多くの弁護士がこの当番弁護士に登録した。
 

 当番弁 護士は、できるだけ早く会いに行くことが重要。というのも、捕まった人は、自分が今後どうなるかほとんど知らない。何時まで捕まっているのか、何時帰られ るのか。外部との接触は、基本的に弁護士に限られる。後は捜査する側の手の中。たとえれば、「まな板の上の鯉」である。
 

 ある年 のお盆前に、私にこの当番弁護士派遣要請がきた。逮捕された場所は、札幌から車で1時間あまりの地方都市。容疑は、窃盗。連絡を受けたときは所用で別の地 方にいたのだが、何とか時間を作って接見に向かうと、被疑者は、「自分は盗んでいない。」。いわゆる否認事件である。
 

 盗んでい ないのになぜ捕まることがあるのかと、思う人がいるかもしれない。しかし、実際にあることなのだ。被疑者は料理人だったが、彼の容疑は、以前勤めていた料 理屋を退職する際にその店の包丁を盗んだ、というものだった。しかし彼は盗んでいない。捕まったときには内地に住んでいたのだが、そこで逮捕され、そのま ま北海道まで連れ戻された、ということ。そして彼は、盗んだとされる包丁を持っていなかった。
 

 しかし捕まえた以上、警察とすれ ば容疑を認めさせたい。これが本音である。逮捕の後の勾留の期間は基本的に20日間。これが法律で定められた限界である。捜査側は、この期間内に裁判にす るかどうかを決めなければならない。そのために彼に自白を迫る。身柄を拘束された彼の味方は、弁護士だけである。
 

 こんなとき弁 護士としてできるのは、ただひたすら会いに行くことに尽きる。弁護士には、捜査途中の記録は一切見せられることはない。そんな中被疑者と会って、取調べの 状況を確認し、今後の捜査の見込みを伝える。「やっていない以上絶対にやったというな。」「自分の気持ちと違う書面には絶対にはんこを押すな。」「迷った ら、『弁護士と会ってからどうするか考える。』というんだ。」というようなことを繰り返し話す。その一方で、内地の勤務先等へ事情を連絡する。世間話をす ることもある。
 

 こうして20日間の間に、都合7回接見に行った。遠方なので、朝仕事を始める前に車を飛ばすか、夕方から向かう ということにならざるを得ない。会いに行くと、「先生本当に出られるんでしょうか。」「(事実を)認めたら、すぐ出られるような事を言われるんですが。」 などと彼から尋ねられる。弁護士は、勾留の満期期間を念頭に、とにかくがんばれとしか言うことができない。
 

 そうして期限満了の 前日に、検察官から連絡が来た。「明日釈放します。先生迎えに来てくれませんか。」喜び半分、くたびれ半分で翌朝迎えに行って、ついでに彼を乗せて札幌ま で一緒に車で戻ってきた。彼は、「いやあ、もう嘘でも話しちゃおうかなあ、と何度も思ったんですけど、先生のおかげで、そうせずにすみました。」と言われ ると、正直嬉しかった。ちょっと調子に乗って、「無実で3週間も捕まったんだから、そのことを理由に国に賠償請求でもしますか。」と聞いたら、「いいで す。警察とかかわるのはもう沢山です。」という返事を残して、内地へ戻っていった。
 

 冤罪、というのは大きな事件だけではない。決して昔の話でもない。こんな小さな事件でも起こりうる。そして、そこに弁護人という仕事があることを、ちょっとだけ知っていてほしい。

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