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コラム

 

小さな刑事事件物語(刑務所に行きたい!)

2012年02月09日
弁護士  太田 賢二   プロフィール

 裁判員裁判が始まってから、2年が経過しようとしている。裁判員裁判に対する評価はさておいて、幸か不幸か、まだ僕は、裁判員を経験していない。おおぞらの中では、もう何人か経験した弁護士がいるけれども、本当に大変だなあ、と感じている。

 
 すべての刑事事件が裁判員裁判になる訳ではない。殺人とか強盗など、かなり罪が重いと考えられる事件が対象となる。そしてぼくも一度だけ、裁判員裁判を担当しそうになったことがある。

 


 ある日曜日、弁護士会の刑事弁護センターから僕の携帯に電話がかかってきた。この日は、いわゆる「刑事待機日」といって、センターから刑事事件が割り振られる日だった。1日平均して10名ほどの弁護士が待機している。通常は、センターの事務職員から連絡が入るのだが、この日はセンターの副委員長から直々の電話だった。日頃から知っている彼なのに、電話の向こうでは妙にかしこまった物言いで、「実は、裁判員対象事件に対する弁護士派遣要請がありました。今日の担当弁護士の中で先生がもっとも適任だと判断しお電話を差し上げました。」と。おいおいこんなことで持ち上げられてもちっともうれしくないよ。


 出先だった僕は、とりあえず事務所に立ち寄り、センターから送られてきた「勾留状」に目を通す。罪名は「強盗致傷」であるが、盗んだ場所は真昼のショッピンセンター。盗んだ物はインスタントコーヒーに袋入りの砂糖、マヨネーズ、パン、それにまんじゅう等々。ああ、これは万引きだなあ、とピンと来た。万引きは、単なる窃盗である。しかし、万引きを見つかって逃げようとしたときに警備員等に暴行を加えると、「事後強盗」と言って、一気に罪(法定刑)が重くなる。それで相手にケガでもさせようものなら、「強盗致傷」となって、原則7年以上の有期懲役が予定されている。これが、「窃盗」と「傷害」に分けて考えることになると、罪はぐっと下がって裁判員裁判の対象からは外れる。

 

 このときの犯人(被疑者)は、70歳を優に越えている老人であった。最初に接見に行ったとき、耳が遠くてガラス越しで話をするのが一苦労だった。それで、筆談を用いたり、集会などで使う拡声器を借りて接見をするという状況だった。彼から最初に頼まれたのは、部屋に行って「入歯」を取ってきてほしい、ということだった。


 彼は、若い頃に人を殺めるという過ちを犯して数年間服役をした経験があった。その後1人で北海道へ来て、自殺未遂をした。当然道内には身よりは1人もいない。内地の親戚とも音信不通。生活保護を受けながら、ひっそりと1人暮らしをしていた。

 

 そんな彼の犯行動機は、「刑務所に行きたい」ということであった。身よりのいない彼は、誰とも話をすることがない日が続いていた。月に一度区役所に行って保護費をもらって、細々と食いつないでいくだけの毎日だった。「刑務所は良かった」と彼は言った。「仲間もいたし、仕事もした。時々楽しいこともあった。それに比べたら今は何の楽しみもない。」と。だから万引きをして、見つかったときに大げさに手を振り回したという。「強盗致傷」をねらっていたのだ。だいたいにして盗んだ物の内容が、妙に生活感がなかった。


 ただ彼の希望に反して、裁判になったのは、「窃盗」と「傷害」であった。検察官として適切な判断だったと思う。通常であれば、執行猶予が付く見通しだ。

 

 しかし彼は、法廷でも、「刑務所に行きたい。」と繰り返した。僕や裁判官が、「保護費で、被害弁償をしてはどうか」と勧めると、「刑務所に行けるのなら弁償するけれども、そうでなければ絶対に謝らない。」と言ってのけた。


 結局裁判官は、彼に実刑判決を言い渡した。僕も裁判官も、自分の無力さを痛感した。彼が社会に絶望していることを、僕たちは救ってあげることはできない。

 

 もうすぐ彼の服役が終了する。社会は彼を受け入れてくれるだろうか。

 

 

 僕は、当時彼の部屋に、無用にたくさんあったインスタントコーヒーの瓶や砂糖とマヨネーズを思い出してしまう。

 

 

 

 

 

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