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小さな刑事事件物語(国選事件)

2010年06月09日
弁護士  太田 賢二   プロフィール

 裁判員裁判制度が始まって、1年になろうとしている。以前と同様に国選弁護人に登録している私だが、幸いにも(たぶんこういう表現が適切だろう)、まだ裁判員裁判事件の配点は回ってこない。


 国選弁護人というのは、自分で事件を選ぶことができない。少なくとも札幌においては、私が弁護士登録をしてから20年あまり、そうであった。そして国選事件の大部分は、否認事件ではなく、自白事件である。検察官が有罪であるという証拠をそろえ、なおかつ被告人自身がその事実を認めている、という事件がほとんどである。

 

 このような事件の場合に、弁護士は何をするのか。ときどき、「悪いことをした人の弁護って何をするんですか?」とか「何で悪人の弁護をする必要があるのですか?」というような質問を受けることがある。それはまあ、刑事事件というのは、対国家権力との対決という本質があって、仮に実際に悪いことをしている人であっても、いわゆる適正手続の中で、法の認める限りで、有罪認定がなされなければならない。というのが理論的な説明になる。権力との関係で適正手続を確保することが、弁護人の存在理由ということができる。


 このような難しいことはさておき、通常の自白事件で弁護士、弁護人が何をするのかというと、「この人にはこんな良いところもあるんですよ。」とか被告人に有利な事情をいろいろと指摘しつつ、ときには被告人に反省を促す、というようなことをしている。一番よくあるのは、情状証人といって、被告人の親や配偶者などに証人をお願いして、「被告人にもこんな良いところがありました。社会に復帰することができれば、私が指導監督して、何とか更正させるつもりです。」というようなことを法廷で話してもらうことである。しかし、誰にでも、適切な情状証人がいるわけではない。特に、何度も刑務所を行ったり来たりしている被告人だったりすると、有利な事情を探すのも正直苦労することがある。


 そんな自白事件の中で、思い出す事件というか、被告人がいる。彼は当時年の頃55歳前後であったろうか。それまでに数回同じように詐欺で捕まっていた。その態様は、雑誌か何かのカメラマンを装って、若い女性に声を掛けて、エステの費用だとか言って幾ばくかの金銭を受け取って逃げるということを繰り返していた。このとき自分として、特別な弁護をしたという記憶はない。起訴が2回された関係で、接見には3度行った程度である。情状証人はもちろんいない、自分にとっては普通の刑事事件だった。

 

 その裁判が終わった後、彼から手紙をもらった。内容は、「先生の弁論を聞いているうちに、己の無気力で投げやりな生活が思い出され、自分自身の心の弱さを反省し、恥じながら思わず涙してしまいました。3度目の裁判でしたが、これまでの国選の弁護士さんには、正直一生懸命に弁護していただくことができませんでした。今回、私のような者に、心からの弁論をしてくださったことを心から感謝いたします。」このときは、まあこれで立ち直ってくれればいいなあ、というくらいに思っていた。

 

 そうしたところ約1年半後、突然彼が私の事務所に現れた。びっくりした。何だろうと思って、彼の前に立つと、「先生、出所してきました。裁判のときはありがとうございました。私は本当に悪いことをしないで生活していきます。それを伝えたかったのです。」このときは、さすがにちょっと照れた。僕より20歳くらい年上の彼に、「身体に気をつけて頑張ってくださいね。」と話をした記憶がある。


 それから毎年、彼から年賀状が届いた。生活保護を受けながらも、頑張っている。というものだった。そのたびに、ほんの少し良い気分を感じていた。


 しかし数年前、本当偶然に、法廷で被告人の名前を見つけてしまった。罪名はやはり詐欺。法廷を覗くと、彼の後ろ姿が見えた。「嘘だろう」思わずその法廷の中へ入って叫びたくなる衝動。それは、怒りよりも、寂しさだった。 


 そんな、ちょっと嬉し悲しの事件があった。

 

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